第3話 : 世の中に完全なんてない







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世の中に完全なんてない。それはあたし個人にしたって同じ話。ふぅ。




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 あたしはいつも一人。小さい頃からずっと。特に寂しいとは思わなかった。

 周りの人たちとあたしは違うから。

 昔のコトはあんまり覚えてないけど、ずっとそんな風に感じていたと思う。

 具体的に意識しだしたのは小学校に入学した時。身寄りのないあたしだけど、義務教育というもののおかげで、あたしも学校にやられた。

 あの頃、あたしは東京という街にいた。ここよりもずっと人が多くて、でも繋がりはずっと薄そうな街。そんな街の学校は、あたしという異物を受け入れてはくれなかった。

 気がつくと力を解放していたみたい。もう、はっきりと覚えてはいないけど。

 やれやれ。あたしも自制できないときがある。

 学校を追い出されたあたしは、ある人に保護された。あたしの起こした惨事を解決してくれた、とある組織の女幹部。実質的な指導者だったのかも。

 まぁ、その人の紹介であたしは今の学校、平塚(たいらづか)学園へとやってきたわけだ。

 ここならあたしを受け入れてくれる、そう言われて。

 もっとも、あたし自身、人と関わるつもりがなかったから、受け入れてくれようがなんだろうが関係ない。そんなつもりだった。

 結果的にみてこの学校にきて正解だったのかも。不確かな壁は気味が悪かったけど、不思議と学校は居心地が良い。つまらないことで、あたしにちょっかいをかける者もいない。

 それに、真理子とも出会えた。あれは中学生のとき。最初の頃はひどく仲が悪かった。と、いうか。真理子がいつもあたしに突っかかってきた。

 あたしも悪かったと思う。今よりももっと人に無関心で、心がなかったから。

 真理子のおかげであたしは大事な一線を越えずに済んだ。

もし―――――

 もし、真理子に会わなかったら。

今頃、力に溺れて自滅していたんだろうな。


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 自宅でホットミルクティを飲みながら慶次の帰りを待った。茶葉はアールグレイ。料理にもお茶にもうるさいんだ、あたしは。

暖かいお茶を飲んでいると、とりとめのない記憶が頭に浮かんでは消えていく。

 今でははっきりと欠けた姿をさらした月が、そんなあたしを優しく照らしている。

 いつか、あたしはあの月まで行けるのだろうか。行ってみたい―――――でも、そうするとあたしは二度と「こちら」には戻ってこれないような気がする。

「慶次…遅いなぁ」いろいろと忙しい一日だったので眠たくなってきた。もう、お風呂にはいって寝ようかな。

 冷めてしまったミルクティを飲み干し、なんとなく窓の外を見てみた。

 すると、さっと月光(げっこう)を遮る大きな影。

「お嬢。待たせたな」慶次だ。もう、慣れた。

 驚かないあたしに慶次はちょっと不満そう。こいつ、やっぱりわざとやってたな。

「それで?ちゃんとお使いは果たせたの」

「ふむ。言われるまでもないわい。奴ら、思ったより情報を掴んではおらなんだ。所詮(しょせん)は人の子か」

 そうなんだ。霊界探偵部。あの人たちもまだコトの重大さに気付いていないのかな。

「そこで奴ら、桜島に向うと申しておったぞ」

「桜島?」鹿児島にいったいなにがあるの?

「あの怨念の塊。なんでもビジョンガーというらしいが、奴の調査をするらしい。壁は人の子の障壁とはならぬからのう」

 あらら。実質、この街を出ることのできないあたし達には、これ以上霊界探偵部を追いかけるのは無理みたい。

しかたないな。じゃあ、あの怪物はあの人たちに任せて、あたしは壁の解明に全力をだそう。慶次は付き合ってくれるのだろうか。

「縁があったらのう。縁があればまた会うじゃろうて」

 慶次はあたしの言葉にそう答えた。そして音もなく夜空へと舞い上がっていく。やれやれ。自由なおじいちゃんだこと。

 とりあえず、疲れたので寝る。あ、お風呂沸かさないと―――――


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 次の日。慶次の言っていた通り、霊界探偵部の姿は学校になかった。

 新聞部の朝刊に目を通すと「サッシー探索のため霊界探偵部公欠!?」という記事が三面に掲載されている。まったく。もうちょっとマシな理由はないんだろうか。品川詩子(しいこ)の写真がコメント付きで載せられている。もっとも、目線が入ってはいるが。あの娘の差し金だとすると、なかなか侮れない組織力。こんなふざけた理由なら、だれも霊界探偵部が危険な任務についているなどとは考えないだろう。霊界探偵部自身がどう感じるかまでは知らないけど。

 あたしはどうしよう。ダメ。手詰まり。こういう時に組織なりの援助がないのは辛い。一人でできることには限りがある。まったく。

 今日はちゃんと真理子が学校に来ている。相変わらず顔色は悪いけど、とりあえず身体に影響がでるほどでもないみたい。

 でも、いつまでもそうだとはかぎらない。はやく。なんとかしなければ。

 放課後。あたしは理事長室まできた。霊界探偵部がいない以上、この人からなにか聞きださないといけない。深呼吸をし、心を落ち着かせ、ノックしようとした。その時。

 なにか匂う。うん。いい香り。かなり上級クラスだ。どこからだろう。

「あらぁ。あなたD組のエルちゃんでしょ。はじめましてぇ〜」

 振り返ると可愛らしい女の子がいた。17,8くらいだろうか。あんまり学年の顔を覚えてるわけじゃないけど、こんな娘いただろうか?

「あ、えっと…」

「あぁ!ごめんごめん。エルちゃんみたいな可愛いコと話せたから私ぃ、すっご〜く嬉しくなっちゃったんですぅ。私のことはぁ、あさちゃんって呼んでねぇ」

 なに。この目に見えるくらいの黄色いオーラは…。ちょっと苦手なタイプかも。

「あの、なにか御用でしょうか」対応に苦しみながらも、なんとか聞いてみる。

「そういうエルちゃんこそ、こんなとこでな〜にやってるのかなぁ」あくまでも笑顔を崩さずに、逆に「あさちゃん」が聞いてきた。

「あ、あたしですか?ちょっと、理事長さんに御用があって…」

「ふぅ〜ん。そうなんだぁ。でも気をつけなさいよぉ。あの男、けっこうストーカーの気(け)があるんだから。エルちゃんなんて可愛いから特に危ないかもぉ」

 あたしは微妙な笑顔を返しながら、なんとか話を打ち切ろうと試みる。

「あ、あの。じゃあ、あたし用があるので…」

 ノックもそこそこに逃げ込むようにして理事長室に転がりこんだ。ふぅ。ああいう風に人の心にどかどかと入ってくる娘は苦手だな。真理子にあんな娘いたかどうか聞いてみないと。

 あらためて室内を見渡してみると、予想よりも部屋はずっと広くて豪華だった。大きなテレビもある。さすがはこの学園の理事だけあるな。

「おや。君は高等部の菅原君じゃないか。どうかしたのかね」

 どうして、あたしはみんなのことを知らないのに、みんなはあたしのことを知ってるんだろう。もうちょっと、関心をもったほうがいいのかな。

「君と出会うのは転校してきた時以来だが、大きくなったな。あぁ、大内池さんは息災かね?連絡はまだとっているんだろう」

 理事長は名前を永倉というのだけど、なかなかダンディな男である。マホガニーの机とあいまって大企業の重役だといってもとおりそう。体格はすらっとしていて、中年にありがちな弛んだ脂肪は見受けられない。理知的な風貌だし、校長に圧(お)されている悲劇の名家のお坊ちゃんといった感じではない。

「お、おひさしぶりです。おば様、あ、いや…お姉さまはあの性格ですので、あの、元気にしてると思います…」やっぱり男と話すのは苦手。どうして真理子はああもスラスラと言葉がでてくるんだろう。

「そうかそうか。まあ、座りたまえ」

 永倉の言葉に、来客用のソファーへと腰掛ける。うわぁ。ふかふかだ。

「それで、いったいどういう用件かな?君がここに来るほどの理由とは」

 永倉もあたしの向かい側へと席を移した。手には美味しそうなお茶請け。あたしは料理にうるさいし、お菓子にもうるさい。美味しそうだな。

 何から話せば良いのか分からなかったので、とりあえずお菓子をいただく。やっぱり美味しい。お茶も一口。それで心がまとまる。

「あの―――――。永倉さんには壁が見えますか?」

 あたしの言葉に永倉の眉が動く。

「壁、か。確かにこの間までは私もその存在を知らなかった。だが、今ははっきりと見えるね」やっぱり。人間の中にもあの壁が見えるほどの力を持つ人がいるんだ。気をつけないと。

「じゃあ永倉さんは、あの壁がなんだと思いますか」

「それは難しい質問だな。私も全てを把握しているわけではない。それに私の誇る優秀な情報員のみんなが、所用で或る所に行ってしまっているので、ろくな調査もできない状態なんだ」

 沈黙。永倉もダメか。

「あらぁ。壁のことだったら私に聞いてくれたら良かったのにぃ〜」

 沈黙を破るのはまた、あの娘だ。どうして一生徒が断りもなく理事長室に入ってくるんだろう。あたしもあまり人のこと言えないけど。

「こらこら麻美くん。今は来客中だよ。遠慮しないか」

 少し困ったような永倉の声。そうか。あの娘の名前は麻美というのか。

「あの、麻美さん…なにかご存知なんですか?」

 あたしが麻美に問いかけたので永倉も麻美の闖入(ちんにゅう)を容認するようだ。

 どういう関係なんだろう。

「あのねぇエルちゃん。壁っていうのは意思の表れなのよぅ。強い意思に反応して壁が表れるって言ってもぉいいわぁ」この話し方、なんとかならないのかな。

「だからぁ、誰かがぁ、『壁よぉ!』って儀式してるから、そいつを退治しちゃえばいいんですぅ」

 なるほど。慶次が言っていたこととも符号する。問題はどうやって壁を操っている奴の居場所を突き止めるか。壁の出現を望んでる者。ビジョンガーとかいう獣と関係しているのだろうか。

 だいたいの情報を聞いたようなので理事長室を後にする。あ、霊界探偵部との関係を聞き忘れた。ま、いっか。麻美ともう一度顔を合わすのも正直、辛い。まったく。

 あるいは、ちらっと言っていた情報員っていうのがそうなのかな。だとすると、やっぱり理事長子飼の機関が霊界探偵部になるんだろうか―――――

 次にもう一度千歳へと行ってみた。昨日は真理子がいたので遠慮したが、今日はもう少し踏み込んでみよう。

「いらっしゃいませ!」今日出迎えてくれたのは葛(くずの)葉(は)だった。彼はあたしに気付いてないみたい。この人も匂うな。泉ほどではないが、なにか獣くさい。案外、狐だったりして。

 聞いてみようか。あぁ。でもダメ。男の子はちょっと怖い。ふぅ。

 通されたのは昨日と違う部屋。でも、ここからも綺麗な庭が見える。あれ、でも角度おかしくないかな?

どこから見ても、庭が一番良い、同じような角度で見えてるような―――――

 あたしの考えすぎだろう。多分。

葛葉(くずのは)に注文を頼むと、しばし休憩。さて。どうしようか。また配膳が泉だったらいいけど…。

 襖(ふすま)が開く。あらら。いくらなんでも早すぎだ。いったいなに?

 廊下には白い髪の毛の外国人がいた。まぁ、あたしもそうか。白か金かの違い。

「あ、あの?部屋間違えてませんか?」とりあえず言ってみる。あっ。

 シルヴィア先生だ。まさかここで会うとは思わなかったから、ちょっとびっくり。相変わらずこの料亭は心臓に悪い。

「あの…。シルヴィア先生。ですよね?」もちろん。こんな目立つ人を間違えるわけがない。あたしだって、それくらいの記憶力はあるんだ。

「あれ?君はたしか三年D組の菅原君だよね。驚いたな。一人で来たのかい?」

 まただ。またあたしの名前を知っている人。やれやれ。髪の毛を染めたら変わるかな。

「あの、先生こそ、ここで何をなさってるんですか?」

 なぜか部屋に断りもなく入ってくるシルヴィアに少し警戒。だから男なんて嫌い。

 それに、この人も匂う。血の匂い?この料亭はどうなっているんだろう。獣の巣窟なのかな。力を使わないといけないんだろうか。

「先生、実はマジシャンが本業でな。ここで興行のやっかいになってるんだ。どうだ?菅原も見ないか?安くしとくぞ」嫌だ。なんだか、笑顔の奥であたしを違う目で見ている気がする。真理子の言ってたとおり。この変態教師め。

「け、結構です。すいません。出て行ってください!あ、あ、湯元さんを呼んでください。湯元泉さんです…」

「まぁま。そう言わずに、さ。ほらほら。『秘儀!コウモリ変化』とか面白いよ〜」血の匂い。ダメ。力を使おう。

 あたしが覚悟を決めた、その時。シルヴィアは後ろに引っ張られていた。

「もうその辺にしときなさい。怖がっているじゃないの」

 現れたのは昨日の髪の綺麗な女だ。脇には湯元もいる。

 なんだか分からないけど、助かったみたい。やれやれ。

 ひとまずシルヴィアには出て行ってもらう。深呼吸。血の匂いはもうしない。ふぅ。

しばらくして、運ばれてきた料理を食べながら、あたしは説明を受けた。

女の名前は「千歳」というらしい。店の名前と同じ名前。そして、ここのオーナーだという。

なんでも、だいたい一人で平塚(たいらづか)の生徒がここを訪れるときは悩み相談が多いらしく、わざわざ客室まで出向いてくれたのだって。ふ〜ん。

「それで、あなたはどんな悩みがあってここへ来たの?」

 そう言いながらも千歳は全てを見透かしてそうな表情。もしかして、バレてるのかな。

「壁、について…です」意を決してあたしは言う。この人にも壁は見えてるんだろうか。

「あぁ、壁ね」事も無げに千歳は言った。

「あれ、邪魔なのよねぇ。いちいち私の邪魔しちゃってさ。おちおち旅行も行けやしない。あなた、あれを消すんだったら、とっととやってちょだいな」

 やれやれ。簡単に言うけど、できるものならやっている。あれ。でもこの人の通行の妨げになるってことは―――――

「でも見たところあなたは一人で行動しているようねぇ。ん、違うな。もう一匹。そっかそっか。あいつがついてるなら大丈夫ね」あたしを値踏みしながら千歳が言う。この人、慶次に気付いてる。

「まぁいいわ。泉。葛葉とシルヴィアを連れてお嬢ちゃんのお手伝いをしてあげなさい。これ以上壁を放ってはおけないわ。手伝いは多いほうが便利でしょ」

 千歳が湯元に言う。しばらく待つと二人を連れて戻ってきた。う。血と獣の匂いがする。やれやれ。すこしありがためいわく。

「あの、お気持ちは嬉しいんですけど―――――」

「大内池さんはお元気かしら」断ろうとするあたしを遮るようにして千歳が声を被せてきた。まったく。この人もおば様の関係者。あぁ、もといお姉さまの。これじゃ無碍に断れない。

 ふぅ。一人があたしは好きなのに。でも、これ以上時間をかけられないのも確か。しかたない…よね。

「品川邸へ行きなさい。この近所だから。最近、あそこらへんが五月蝿いのよね。なんかやってるんじゃないかしら」

 やっぱり品川か。あの合コン。霊界探偵部なりの思惑(おもわく)があったのかな。ちょっと感心。

 でも、あの人たちだけにはもう任せてられない。あたしはあたしの方法で解決させる。

 千歳に礼を言うとあたしは教えられた品川邸へとむかった。


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「君って、平塚(たいらづか)学園の生徒なんだってね。僕も一時期通ってたんだよ。知らないかな?」

 道中、葛葉に話しかけられた。まったく。緊張感のないやつ。顔は良い。真理子が見たらファンになるだろう。というか、実際、葛(くずの)葉(は)たちについては真理子から聞いた。あの娘のゴシップ好きは、たまにすごく役に立つ。もっとも彼女いわく「普通のこと」らしいけど。でも、やっぱりあたしにはできそうもない。

「ごめん。あたし、あんまり噂とかに興味がなくて…」

 ちょっとキツイ言い方だったかな。小動物みたいに落ち込んじゃってる。まるで犬か狐を思わせるリアクションだ。

「はっはっは。菅原は先生のことは覚えていたのになぁ」なぜか勝ち誇った表情のシルヴィア。でも彼を覚えていたのは真理子から注意されていたから。なんでも、いろいろと生徒や同僚やらに手をだしていたみたい。やれやれ。

「あの、でも通ってたのは知ってるよ。そっちの湯元さんも」

 あたしの言葉に湯元が微笑み返す。なんだかぽわぽわした娘だな。ちょっと彩音に似てるかも。この娘からはシャボン玉の匂い。

 まったく。なんだか遠足の引率になったみたい。一番そんなガラじゃないのに。

 千歳に教えられた道をしばらく行くと、高級住宅街っぽいトコにでた。この辺りかな。

「シルヴィア先生。なにか分かります?」いつまでも無視するのも変なので聞いてみた。あんまり男とは話したくないんだけど…。でも、苦手なものは克服していかないと。

「そうだな。たしかにここらには何かが潜んでいるような気がするな。祐樹はなにか感じるか?」さっきまでの好色さは鳴りを潜めている。TPOは弁(わきま)えてるのかな。

「うん。そうだね。たしかにひどく匂うかも。あっちかな」葛葉が鼻をひくつかせながら言う。なにからなにまで動物っぽいやつ。

 いちよう三人は正体を隠してるつもりらしいけど、あたしの鼻はごまかせない。まぁ、逆に葛葉にあたしの正体を悟られぬよう注意しないと。まだ、敵か味方かはっきりしない。ううん。うそ。そんなの言い訳。おば様の知り合いだもん。敵じゃない。でも―――――

 怖い、のかな。あたしは。誰かに正体を知られるのを極度に懼(おそ)れている。

 信用して。でも裏切られるくらいなら。あたしはひとりのほうがいい。 

 つばさをください

 あたしを誰の手にも届かないあの自由な空へと導くつばさを。

「あそこ、すごく匂うよ」

 葛葉が指差したのは品川の本邸ではなくその近くの神社。あたしにも匂う。この三人とは根本的に違う。悪意の香り。

「いかんな。なにか儀式を行っているかもしれん。急ごう!」

シルヴィアが先頭をきって走り出した。葛葉もすかさず追う。

 あたしも。そう思った瞬間、あたしの制服をだれかが思いっきりひっぱった。

 敵!?

 まさかあたしに気付かせず、この至近距離まで近づくとは!

「きゃ〜!!」

場違いな、悲鳴。違った―――――敵ではない。

湯元である。どこに引っかかったのか盛大にコケている。やれやれ。この肝心な時に。シルヴィアと祐樹の表情を見ると、よくあることらしい。またかといった風情で呆れていた。あたしの方に視線を寄越すと、またすぐに走り出す。

「えっと、大丈夫ですか?」なんとか手を貸して起こしてやる。泣きそうな顔。ふぅ。緊張感台無しだ。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」ちょっとしたパニックになってるみたい。まったく。あたしは安心させるために、ちょっとだけ抱きしめてやった。頼むよ。

 ようやく落ち着いたのだろう、何事か礼を言おうとする湯元を黙らせて、あたしは男たちの後をおった。湯元も状況を思い出し、追いかけてくる。案外、しっかりしてるのかも。

 男たちは神社の前で身を潜めていた。この近辺はひどく匂う。ここに何かがいることは間違いない。

「中に男が数人いる。やはり儀式を行っているようで、今なら不意をつける」

 人払いの結界をはって安心しているのだろう。確かにつけ込む隙がありそうだ。

 シルヴィアの指示に従ってタイミングを合わせる。

 こと、ここにいたってはもうお互い正体を隠す必要もない。あたしは何ができるかを教え、反対に三人の特技を聞いた。まぁ、肝心な点はぼやかしておいたけど。

 やっぱり。シルヴィアは吸血鬼。祐樹は狐。湯元はお風呂の精だという。それぞれの匂いと一致してちょっとおもしろい。

「よし。それじゃあいくぞ。1・2の3!!」

 あたしたちは勇躍。儀式に集中する男たちに飛び掛った。

 葛葉が鬼火を呼び出す。シルヴィアは魂も切り裂く超音波。湯元の水流も見かけと違って大きなダメージをあたえているようだ。

 あたしは冷静に敵を観察する。こちらに反撃しようとする者を狙って、力をぶつけた。何人かはビジョンガーという獣に変化したが、それでも奇襲を受けた不利な戦況を覆すまでにはいたらなかった。

ものの数瞬で、頭領らしき男をのぞいて倒す。日本人のようだが異国の血も混じっている顔立ちだな。 頭領はこんな騒ぎなのにまだ儀式のために集中している。あたしはまた力を解放した。どんっ!

頭領の体が衝撃でふっとぶ。

「邪魔するな!!」

頭領は半分儀式の強制中断に意識を朦朧としながらも、立ち上がった。まったく。タフなんだから。

「今はぬしらの相手をしている場合ではない。鹿児島のビジョンガーさまに思念を送り、邪魔な小僧どもを始末しようとしていたのに!」

 あらら。鹿児島って、もしかして霊界探偵部?あの人たちもあっちで戦っているんだろうか。

「おのれ今一歩というとこで!だが、すでに一族の勇者がこの地に到着しておる。もはや品川家の没落も時間の問題じゃ。地獄でじっくり見させてもらおうぞ」

 そう言うと頭領は自分の首を引きちぎった。なんという自決のしかた。夢にでそうだ。

「あらら。死んじまいやがった。こいつらも同じ道らしいな」シルヴィアの言葉に辺りを見回すと息のあった男たちも同様にして、すでに事切れていた。どことなく、シルヴィアの顔に酷薄そうな笑みが浮かぶ。なんか、嫌だな。

「ふむ。怨念の味も悪くはないのう」

 慶次だ。いつからいたんだろう。三人はまったく気付いていない。あたしにしか見えていないみたい。

「どれ。おまえも食わんか。なかなかに乙な味じゃ」

「いらない」あたしは小さく答える。なんだか気分がむかむかする。慶次は相変わらず「命のきらめき」を高級な料理を食するかのように吟味し、吸い取っていた。

 あれが料理だって。違う。料理っていうのは、もっと違うものなんだ。慶次に一度、ホントの食事をさせてあげないと―――――

 頭がぼぅっとする。あたしがあたしでないみたい。

「菅原。一度戻ろう。もう、ここにいても意味はない」

 シルヴィアの声にあたしは我にかえる。ふぅ。たしかに。

 「大丈夫ですか?お顔の色が優れないようですが」湯元がふらふらするあたしを支えてくれた。やれやれ。さっきと状況が正反対。

葛葉も心配そうにこちらを見ている。あぁ、ダメかも。

もう―――――立っていることさえ覚束ない。

ビジョンガーの従者である男たちの後始末を、千歳のメンバーに任せてあたしは家に帰ることにした。

 明日も学校だし、力を使いすぎた。でも。あたしは「命のかけら」なんて食べたくない。やれやれ。体がだるい。

 今夜は月があいにくの曇り空ででていない。ダメ。

巴という女に車で家まで送ってもらう。もう一歩も動けない。なんとかマンションの自室まで上がると、あたしの意識は闇へと吸い取られていった―――――  


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《《第2話に戻る____第4話に続く》》