第4話 : 思い通りにいかないのが世の中でも







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思い通りにいかないのが世の中でも。折り合いをつける術(すべ)はあるはず。諦めない。




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 次の日は一日ベッドから動くことができなかった。思ったよりもずっと消耗してたみたい。ベッドの中で気持ちばかりが焦る。やれやれ。

 あぁ。霊界探偵部はうまくやってくれているんだろうか。そこはかとなく、不安。

 どうせ。鹿児島とこっちを行ったり来たり、無闇に往復してそう。

 昼間は湯元が看病にきてくれた。もう一人。伊吹という娘を連れて。

 良い香り。ちょっとだけ磯の匂いも混じってるけど。

 あたし、やっぱり弱ってる。よく知らない人が二人も部屋に来ているのに追い出す気力も湧かないなんて…。ううん。むしろ。ちょっとだけ居心地が良い。

 真理子が泊まりにきた時とちょっと似ているかも。

 湯元が伊吹の手伝いをしようとして鍋をひっくり返す。あらら。伊吹、すっごく怒ってる。湯元は泣きながらそうじ。なにやってるんだか。

 でも、お風呂に入ってる時みたいに暖かい。久しぶりだな。こんな感触。

 もう。ずぅっと前。よくは思い出せないくらい昔に、こんなことがあったような気がする。風邪をひいて動けないあたし。誰かが優しく看病してくれた。あれは誰だったんだろう―――――。気付くと涙がでていた。泣くとか、そういうわけじゃない。ただ、自然と目から水が流れていく感じ。

 あたしも。まだ涙を流すことができたんだ。単純にその事実にびっくりだ。

 床やコンロを吹き終えた湯元が、そんなあたしに気がつく。

 うん。大丈夫。大丈夫。別にしんどいとかじゃないんだから。

 伊吹があったかいミルクティを入れてくれた。美味しい。あの喫茶店のマスターにもひけをとらないな。聞くと納得。伊吹は千歳の料理長なんだ。湯元の方が年上っぽいのに、立場は完全に逆みたい。

 あっ。ということは。あの料理もこの娘が作ったということ。 そうだ。間違いない。伊吹の作ってくれた料理を頂きながら確信する。帰るまえに今度こそレシピを聞いておこう。

それからしばらくは、二人の会話を黙ってあたしが聞いてる感じ。不思議と伊吹の料理を食べてると元気がでてくる。なにか特別な才能があるのかな。

 会話の中身はなかなか興味深い。若菜を初めとする千歳の従業員の噂話。やっぱり。あの料亭は普通じゃなかった。

あたしは、どうなんだろう?誰かと一緒に生きていくなんて、できるのだろうか。 若菜の、あの見違えるような変化を見ると少し羨ましくも思う。

一人で泣いていた少女の面影はもうなかった。

あたしは好きで一人なの―――――

その言葉はもう。前ほどあたしを勇気づけてはくれなかった。

あたしが探していたつばさって。もしかすると―――――

そんなあたしの思いをよそに二人の会話は弾む。あの。いちよう病人なんですけど。

まぁ。いいか。


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 それから更に時間が経って、二人は帰っていった。仕事があるみたい。そうか。千歳か。

急に人気(ひとけ)のなくなったあたしの部屋。ふぅ。砂糖の入ってないココアみたい。

前は気にならないのに、今はすごく部屋が広く感じる。

夜になった。

電気、つけないと。明かりがないとこんなにも寂しいもんなんだ。やれやれ。

立つのも億劫なので力を飛ばそう。加減しないと電球までふっとんじゃうけど。

ぱちっ。

あれ?勝手に点いた。まだ、やってないのに。

なんだ。真理子か。学校が終わって来てくれたんだ。今日は金曜だから部活ないもんね。

あらら。なんてすごい荷物。え。晩御飯?うん。まだだけど―――――

真理子の料理の腕を知っているあたしは、なんとか起き上がった。すごい。やればできるもんだ。

真理子!違う。それはラー油!植物油はこっち。

あぁ。小麦粉をそんなにどうするの。巨人でももてなすつもり?

卵!そんな力いっぱい割ったら―――――まったく。殻だらけじゃないの。

あらら。意外と塩と砂糖は間違えないんだ。え?舐めたの。そりゃ大丈夫なわけだ。

あの?ホットプレート、焦げ臭いよ?大丈夫?

ふぅ。やれやれ。

やっぱり。真っ黒じゃない。

お好み焼き。こんなにも危険な料理だっただろうか?

でも、不思議と美味しかった。伊吹の完全な美味しさとはまた違う。多分、あたし以外の人が食べたら吐くんだろうけどな。

そう考えると、自然と笑みがこぼれた。いつもの不自然なやつじゃない。

ありがとう。真理子。

でも、お好み焼きくらい作れるようになろうね。

慶次が窓の外で笑っているような気がする。むかむか。ホントに美味しいんだから。

夜は久しぶりに二人で寝た。ちょっと広めのベッドなので女の子二人なら余裕で寝ることができる。部活と慣れない料理つくりで疲れたのだろう。真理子はスヤスヤと寝ていた。

今日一日はなにもできなかったけど、すごく充実していたような気がする。

壁。霊界探偵部は大丈夫なんだろうか。気にはなる。

でも。

あたしだって、たまには休んでも。いいよね?


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ちゅんちゅん。ちゅんちゅん。

朝だ。今日は土曜なので学校はない。

 真理子はまだ寝てるようだ。うん。体調はすっかり回復。

 さて。今日一日はどうしようか。とりあえず千歳に行かないと。霊界探偵部はもう帰ってきてるのかな。一日動けないと、なんだか世界から取り残されていく感じ。

 気合をいれないと。

「ふぁ〜。おはようぅ」あら。真理子が起きたみたい。とりあえず、真理子が朝ごはんを作ると言い出す前に食事の用意をしないと。

 真理子の料理は月に一回。それくらいでいいや。あたしは料理にはうるさい。

 朝食を終え、あたしたちは難波に向った。真理子を巻き込むつもりはないのだけど、なにか用があるらしい。土曜日だから難波の街は人であふれている。

 とりあえず、アメリカ村に行ってみる。真理子が一人だと怖いというので。たしかに、女の子一人で歩くとこではないかも。三角公園をすぎた辺りにある服屋に入る。

 普段は制服なので、こういった服は見慣れない。真理子に言わせるとあたしはもうちょっと、おしゃれに気を使ったほうがいいみたい。でも、金の髪だけでも目立つのにこれ以上目立つ姿にはなれないよ。

ふぅ。

 真理子はなにやら店員と話しこんでる。なんだろう。まったく理解できないや。

 手持ち無沙汰で、ふと外を見る。たくさんの人ごみ。よくもまぁ、こんな狭いとこに、こんなにも人が集まるものだ。ん?あれは―――――

「真理子!ちょっと待ってて!」

 返事も聞かずに飛び出す。

 確証はない。でも、この匂いはビジョンガー一味のもの。

 やつら。ここを根拠としているのか。逃しはしない!

 匂いを頼りにしばらく走る。いつのまにか奥まった路地へと入り込んでいた。

「きさま。俺を追いかけていたな。なにか用か」やっぱり。男の顔立ちに見覚えがある。一見、日本人風なのだが、どこか南国の血も感じさせる―――――

「ちょっとお聞きしたいんだけど」獣相手なら、あたしはひるまない。

「壁を操ってどうしようというの?」

 男の顔が少し変化する。あれは、驚きだろうか。

「貴様。壁が見えるのか?何者だ。―――――もしや、我らが族長が行方不明となったのも貴様のせいか」

 男から凶悪な気が放出される。でも、あたしは獣相手にはひるまない。

「そう―――――だと言ったら?」

 返事は氷の塊だった。突然、空中に現れたそれはまっすぐあたしへと飛んでくる。

 こんな姿。やっぱり真理子には見せられないな。あたしはそう思いながら力を放った。

 がきぃん!

 激しい衝突音とともに氷が不可視の衝撃に砕けた。そのまま力は男を吹き飛ばす。

「正直に答えたら命は助けてあげる」次の力のために精神を練りながら男に話しかけた。

「なめるなよ!おんなぁ!」

 やれやれ。聞く耳持たず、か。男の姿がビジョンガーのものへと変化した。いや、ちょっと実物より小さいかな。さては小物か。

 小型のビジョンガー、めんどうなのでピジョンガーと呼ぶが、そいつが連続で突きを放つ。だが、あたしにはかすりもしない。

 実力の違いもわからないんだろうか。まったく。

 あたしは溜め込んでいた力を一気に放った。それだけでピジョンガーの動きが止まる。

 気絶させたピジョンガーの処理は湯元たちに任せる。幸い、千歳の近くであったので携帯をかけるとすぐに駆けつけてくれた。挨拶もそこそこにアメリカ村へと戻る。

 はやく戻らないと真理子、怒ってるだろうな。

 案の定、真理子は怒っていた。なんとか煽てなだめて許してもらう。やれやれ。あんな巨大なパフェをよく一人で食べれるもんだ。あたしもお菓子にはうるさいけど、ああはできない。

 いつもの喫茶店でミルクティを飲みながら、さっきの男について考えてみた。

 あれが一族の勇者とやらだろうか。ううん。多分、違う。

 では、あいつを締め上げて情報を得なければ。千歳たちは、うまくやってくれているんだろうか。パフェを美味しそうにつつく真理子の顔色はやはり冴えない。

「真理子。最近疲れてない?」

「えぇ?どうしたの急に。う〜ん。ちょっとだけ、しんどいかなぁ。でも、ぜんぜん大丈夫だよぉ」

 そう笑うも、いつもの張りはない。

もうちょっと待っててね。

もう少しで解決できるから。


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夕方になった。真理子とはまた難波で別れる。さぁ千歳に行かないと。

最近、毎日のように行ってるな。美味しいからつい食べ過ぎちゃう。

よし。着いた。さすがにもう慣れた。出迎えてくれる湯元に伴なわれて、奥の従業員の部屋へと通された。

「どう?なにかわかった?」

 部屋には葛葉とシルヴィアが待っていた。

 祐樹の目が爛々と光っている。

「あぁ。祐樹が魅了したからな。全て話してくれたぞ。もっとも、こいつはたいしたことは知らないみたいだが」

「こいつらの部族の名前はエヴァンスっていうんだって。なんでも南洋諸島の小部族の子孫で、それが琉球民族に流れ薩摩に取り込まれていったみたい」

 祐樹がこちらに目をむけずに言う。あの目を見たら魅了されてしまうんだろうか。

「それで一族の勇者、名前をルクンダというらしいが、そいつは品川邸の近くに潜伏しているということが分かった」

 シルヴィアの言葉にあたしはうなずく。なるほど。狙いはやはり品川か。

「こいつのじいちゃんたちから品川家はビジョンガーの支配権を奪ったみたい。それで奪い返すのが目的なんだって」

「壁についてはどうなの?」あたしの目的はあくまでも壁の消去。

 祐樹は自分の話を無視されたのに少し気分を害したよう。やれやれ。プライドが高いのだろうか。

「あの、壁についてはよく分からないそうです。この人たちがビジョンガーの儀式を始めた次の日から現れたとしか分からないって」

 気まずい空気を湯元が断ち切る。もっとも、天然で気付いてないだけかもしれないけど。

 とにかく。壁については謎が多いけど、直接の原因は理解できた。

 その勇者とかいうルクンダというものを倒せばビジョンガーの儀式も解けて壁も消えるはず。そういえば麻美が、壁は強い意思に反応するとか言ってたっけ。

 祐樹に魅了されている男を残しあたし達は部屋を出る。

「とにかくルクンダって奴を止めないとダメみたいだな」

「そだね。じゃあ今からちょっとパトロールしようか。この近辺にいることは間違いないんだし」男二人は外を見回るみたい。じゃあ、あたしは―――――

「あたしは品川邸に行く。個人的に知り合いだし。屋敷内に潜伏しているかもしれないし」

「ではそうしてくれ」とシルヴィアが言う。ふぅ。

 よかった。別行動がとれる。やっぱりあたしは男が苦手。それに、まだ完全に気を許したわけじゃない。

 事態が飲み込めているのか、いないのか。ボーっとしてる湯元に別れを告げ、あたしは千歳をあとにした。


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 以前来たときにも感じたが、品川の屋敷はそうとう広い。塀も高い。これだけ広いと逆に潜り込みやすそうでもある。

 あたしはとりあえず屋敷の周りを歩いてみる。要所要所にカメラがある。確かに警備は万全だろう。

ただし、人間相手なら。

 あたしの力をもってすれば忍び込むのは簡単だろう。けれど、屋敷の中には匂いがない。まだルクンダはここには来てないのだろう。

 しかたない。しばらくここで待つか。頼りない蛍光灯の下であたしはため息。

「お嬢。いかんぞ」あら。慶次だ。しかもなにか慌てている。いやな予感―――――

「おまえの連れが攫われてしもうた。昨日の連中じゃ」

 なんだって!?真理子のこと!?しまった―――――

「すまんのう。ワシが本調子ならば、あやつらごときの好きにはさせんのじゃが」

「いいから。真理子はどこに連れて行かれたの?」

「うむ。こっちじゃ」

慶次の後を追う。

油断してた。まさか真理子が狙われるなんて…。

どうしよう。真理子になにかあったら、あたし。あたし!

不吉な想像があたしを襲う。ダメ。今は思考の連鎖にはまってる場合じゃない。

あたしは大通りに出るとタクシーを拾う。後部ではなく助手席に乗り込むと運転手に指示をだした。こういう時、慶次はホントに便利。猛スピードで車が走っていても彼には関係ない。道行く車をすりぬけて走る慶次を追いかけるのにタクシーを無理やり走らせた。

着いたのは大阪城公園。ある意味、ありがち。大量の難民を抱える地域みたいなテント群をあたし達は分け入っていく。

いた!!

結界が張っているのだろう。不自然なくらい静かな区域。そこに真理子は倒れていた。乱暴なことはされていないだろうか。ぐったりしていて、ここからではよく分からない。

「お嬢。ワシが偵察するのでしばし待てぃ」

 慶次の言葉にうなずく。お願い。無事でいて。

 辺りにはなんの気配もない。奴等はどこにむかったのであろうか。じっと前に目をこらし、影を探そうとした。

 それが落とし穴だった。自分の嗅覚を過信しすぎていたんだろう。

どかっ!

 鈍い衝撃。同時に頭に痛みが走る。目の前が…暗く……なって…―――――


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 あれ…あたし―――――

 どうなったんだろう。頭に鈍い痛み。ズキズキする。

 あ!それよりも真理子!

 目を開けた。ここは―――――。ベッドの上。

 真理子はすぐ隣にいた。あたしと一緒にベッドに寝かされている。

 うん。大丈夫。気を失っているだけ。外傷もないみたい。あぁ。よかった。

 安堵のために思わずベッドに倒れこんでしまった。

 ここはどこなんだろう?

 ベッドから起き上がって窓のカーテンを開けてみた。

 うわ。高い。高層ビルの一室みたい。月があんなにも近い。

部屋も見回す。ダブルサイズの部屋だろうか。典型的なシティホテルっぽい。何が起こったんだろう。

 あたしは室内にあった電話でフロントに連絡してみた。

「はい。こちらフロント係でございます」

 落ち着いたホテルマンの声。どうやら監禁されてるわけではないみたい。

「あ、あの…。あたし、どうしてここにいるんですか?」

 我ながら間抜けな質問。でも、ホントに分からないんだから仕方ない。

「先ほど、男性の方がお部屋を御取りになられまして、あなた様がたをご案内なされました。料金はすでに受け取っておりますので、ごゆっくりと御寛ぎ下さいませ」

 余計に意味がわからない。男?

「はい。お聞きしたところ、パーティの席で酔われたお客様たちを連れてこられた、と仰っておられましたが。それとメッセージを預かっております。後ほど係の者がお届けにまいりますので」

 なんだか分からないが、とりあえず礼を言って受話器を下ろす。

 どうやら、あたし達をだれかが助けてくれたようだ。人払いの結界が張ってあったので、一般人ではないはず。シルヴィアたちであろうか。いいや。それだったら千歳にいるはず。

 まさか。慶次だろうか。それ以外には考えにくい。

 もう一度、フロントに確認してみる。なんでも今時珍しい、着流しを着た男性があたし達二人を担いでやってきたようだ。

 彼。実体化できるし人にも化けられたんだ。

 ベルボーイがメッセージを運んでくれた。こんな時間まで仕事とは。ご苦労様。思わずチップをあげてしまった。

 ううん?読めない。なんだ、この字は。

 草書体というのであろう。糸をひいたような字。昔、授業でやったので平仮名くらいなら判別できるが漢字はサッパリ。やれやれ。

 でも、これで多分間違いない。慶次だ。こんな古風な字を書くのは。間違ってもエヴァンス一味には無理。シルヴィアにしても同じ。

 多分。慶次は無理をして力を使ったんだろう。真理子の時には手出ししなかったもの。

 彼、封が解けたばかりで本調子ではないみたいだった。必死に「命のきらめき」を集めていたし。

 まったく。命を削ってまで助けてくれたんだ―――――

 おおかた、今頃「巣」にでも戻って休養してるに違いない。

 あぁ。慶次がいてくれて助かった―――――

ありがとう。

 結局、その夜あたしはホテルで過ごした。暗いうちに出歩くのは得策じゃないし、真理子を放っておくわけにもいかない。

目が覚めると、真理子はなにも覚えていなかったようだ。適当に話を作って聞かす。真理子が急にあたしを大阪に呼び出してお酒を飲みだしたとか。

納得はしていないが、他に理由もないということで真理子は引き下がった。ふぅ。

ホテルで朝食をとり、チェックアウトする。そういえば慶次はどうやって支払いを済ませたんだろう。

彼、お金なんて持ってるのかな。

真理子にはタクシーを使ってもらった。巻き込んだことへのせめてもの罪滅ぼし。幸い、今日は日曜日。学校に遅刻する心配はない。

とりあえず、千歳に向う。


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千歳にはあらかじめ連絡しておいた。結局、シルヴィア達も不発であったみたい。でも、だいぶ勢力は削ったはず。あと少しで追い詰めれる。

あたしもタクシーに乗ってミナミに向っていると携帯が鳴った。湯元だ。

「大変なんです!すぐ品川さんのお家(うち)まできてください!」

 いきなり。なんだっていうんだろう。もうちょっと詳しく状況を教えて。

「勇者が現れたんです!もう、あの一帯が支配下に置かれてしまったみたいで…」

 あぁ。後手に回ってる!

 あたしが品川邸に着いた時には、すでに悪意で周辺が歪んで見えるくらいだった。

 壁が。壁が不気味に輝いている。

 いつもに増して、はっきりと視認できる壁は禍々しい光を発していた。

 屋敷の前には千歳の三人がいた。湯元がこっちに駆け寄ってくる。

「あぁ!大丈夫でしたか?今、霊界探偵のお二人が中に入っていかれましたよ」

 ふ〜ん。結局、彼らの方がさきに到着したんだ。

「で、どうする?どうも、まだ儀式を行っている連中が潜んでいるみたいだ。中はあいつらに任せて、俺たちは儀式を止めさそうと思うんだが」

 なるほど。シルヴィアの言うとおり、中は彼らに任せてあたし達は壁を消そう。

「壁さえ消せればあいつらの力は半減するはず」

 あたしの言葉にうなずく三人。よし。

 真理子に手を出したことを地獄で後悔させてやる。

「あっちじゃ」

 慶次だ。心なしかいつもより影が薄い。疲れてるんだろうか。

「ありがとう。あなたのおかげで助かった」

 照れてるんだろうか。慶次はそっぽをむく。

「今はそれより壁が先決じゃ。あいつらがおると、ワシもおちおち寝てられん」

 慶次の案内で、あたしはすぐに儀式を続ける連中を見つけることができた。

 千歳の三人は、どうしてあたしが迷わずに来ることができたか不思議だろう。あたしはとっても鼻のきくペットを飼っているんだ。

 そこは品川邸のちょうど、丑寅にあたる神社であった。ご丁寧にここにも結界が張られている。でも、逆に結界があるということは、大事なものを隠している証拠でもある。

 よし。あたしはかまわず結界を突き破る!

 前回と同様に瞑想を行っている連中に、躊躇なく力を解放していく。

 真理子を傷つけるモノには容赦しない。

 残すは一人となった。こいつが勇者だろうか。たしかに他の奴とは匂いが違う。

「降参して。今すぐ儀式を中断すれば見逃してあげる」

 いちよう、聞いてみる。

「バカな!今さらあとにひけるものかよ。我らの一族の血を吸った品川一族を許せるものか!やつらを根絶やしにするのだ」

 やれやれ。だから団体でしか行動できない人は嫌い。血にいったい何の意味があるっていうのだろう。まあいい。

 どうせあたしも、あいつらが真理子に手をだした時点で遠慮する気はなくなっている。

「いでよ!ビジョング!我ら一族の血の盟約に従いて、今こそ姿をあらわせ!!」

 ルクンダがそう吼えるとあたりが振動し、肌が粟だった。いけない。大きいのがくる!

 召喚させまいとしたのだろう。祐樹が鬼火を放つがルクンダをとりまく瘴気へと吸い取られていった。

「無駄だ!無駄だぁ!その程度の力では我らの怨念は止められん!!」

 打つ手がなく、見守ることしかできない。

 壁の光が邪悪に煌いて、街が燃えているようだ。

 みんな、どうして気付かないんだろう。壁が。壁が。

 どん!!!

 激しい狂風が地上を舞う。

 次の瞬間。巨大な獣がいた。

 ビルの三階くらいまである。ビジョンガーをそのまま引き伸ばし、さらに凶悪さを増したような感じ。

 獣は手をのばし、ルクンダを掴んだ。奴は逃げようとすらしない。

 次の瞬間。

 ルクンダは喰われていく。

「ざぁ!われをとりごめぃ!そして復讐を果だずぅのだぁ」

 贓物をぼとぼとと落としながら、ルクンダはまだ高笑いしている。

 湯元は声もでないようだ。細かく震えているのがわかる。葛葉もシルヴィアも似たようなものだろう。でも。あたしは!

「冥界に還りなさい!」

 力を放つ。ビジョングはルクンダだったモノを撒き散らしながら派手に倒れた。

「しっかりして!あなた達も食べられたいの!?」

 あたしの言葉に正気を戻す三人。そう、あんなものは料理じゃない。あたしは料理にはうるさいんだ。

「よし!一点に攻撃を集中するんだ!」シルヴィアが指揮する。自身はコウモリに変化し、空から攻撃するようだ。

「負けないぞぅ」葛葉も盛大に炎を尻尾から放つ。

 その横では天女のような姿となった湯元が水流をぶつけていた。

「GRRRRRA!」

 ビジョングも負けていない。巨体を活かした体当たりや鋭い爪で引き裂こうとする。ぶ厚い毛皮はこちらの攻撃を寄せ付けない。

 あたしも攻めあぐねていた。最大の一撃を放とうとするが、今のままでビジョングを捉えることはできるだろうか―――――

「ぐぅ!」空を舞い、撹乱していたシルヴィアにとうとうビジョングの爪が命中する。

 地面に叩きつけられ激しくバウンドした。いけない。昼では彼は真価を発揮できないんだ!

 シルヴィアのちょっかいがなくなったことで余裕のでたビジョングは狐姿の葛葉を蹴り上げ、湯元を一撃で殴り飛ばした。

 なんとか起き上がったシルヴィアが援護に向うが、動きはぎこちない。

 再び爪で切り裂かれ、地面に倒れ伏す。

 このままでは!あたしは力を練り上げながらも、どうすることもできない。

 そんなあたしを絶好の獲物に思ったのだろう。ビジョングは三人を捨ておき、あたしにむかってきた。

 ダメ!このままでは―――――!

 ビジョングが、あたしの前で大きく腕を振りかぶった―――――

がしん!

 予想していた、鋭い痛みは…―――――ない。

 慶次だ!

 それはホテルのフロントが言っていた通りの男だった。

 虎の絵の描かれた、派手な着流し。身長は2M近いであろう。あたしも170ほどだが、見上げないと顔が分からない。いかにも大味な、でも、どこか幼さの残る顔が、鋼のような肉体の上にちょこんとのっかている。

「やれやれ。また完全復活が遠のくわい」

 口調だけは古めかしい。見た目は二十歳すぎくらいなのに。

 ビジョングの鋭い爪を刀で受け止めながら、慶次はあたしに言う。

「お嬢。ワシがこやつの動きを止めるから、とどめをさせい」

 慶次の太刀捌きは素人目にも美しかった。

 力任せになぎ払うだけの腕を受け流し、華麗なフェイントで撹乱する。

 あるいは、後退すると見せかけて突きを放ち、突きと見せかけ袈裟切りにする。

 みるみるビジョングは防戦一方となっていく。

「GAAAAA!」

 さらに、その隙をついて千歳の三人組が攻撃を再開しだした。みんなボロボロだが、その表情に諦めはない。

 ざしゅぅ!!

 ついに慶次の刀がビジョングの右腕をきり飛ばした。

 今だ!

「観念なさい!冥界の河があなたを断罪へと導くだろう」

 まばゆい光とともに圧倒的な力がビジョングを包み込む。

 そして、包み込んだ力の圧力を解放した。粒子にまで押し潰されるビジョング。

 光が晴れると、そこにはもう、なにも残ってはいなかった。

 あたりの公園は静けさを取り戻し、壁はまた不確かな存在へと戻っていったのだ。

 あたしはそこまで知覚し、ゆっくり倒れていく。もう…ダメ―――――

 最後にだれかに抱きかかえられる感触を感じて、あたしの意識はブラックアウトした…。


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 目が覚めると、自宅のベッドの上で寝ていた。もう夜だ。月光が気持ちいい。

 慶次が運んでくれたのであろう。メモが残っている。読めないから、彼のだってわかる。

 壁はうすぼんやりと見える。結局、壁自身についてはあまり分からなかった。またいつか、輝くときがあるのだろうか。

 力を使い果たしたせいで、体がだるい。ふぅ。いいか。今日はもう寝よう。

 どうせ、朝はまたやってくるのだ。頼みもしないのに。

 でも―――――

 朝がくるから明日もくるんだ。だから希望がもてる。頑張ろうっていう気も湧いてくる。

 あたしはエヴァンス一族みたいには、決してならない。

 やれやれ。明日は月曜だ。真理子。数学の予習やってるのかな? 

 はやく、会いたいな―――――




つばさをください。自由な仲間と何処までも飛べる、つばさを―――――




 


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〜Fin.〜